琴奨菊の「日本生まれ力士の10年ぶり優勝」は外国勢の頑張りの裏返し
柳川の皆さん、明徳関係者の皆さん、おめでとうございます。
優勝を決めた瞬間、おじいさんの写真を持ったお父さんの感極まった表情は、感動しました。
幻の角界入り
本紙編集局長は少年時代、講演か何かで地元に来ていた北陣親方(元関脇・麒麟児)に握手をしてもらいに近づいて行った(この時からすでにミーハー全開)ら「お、(背が)大きいね、相撲やらない?」と、「スカウト」されかかった。
人生で最も大相撲に近づいた瞬間であった。
ちなみに琴奨菊がいる佐渡ヶ獄部屋は「獄」という字からして恐ろしいと思っていた。
豪栄道も意地を見せた
解説の舞の海氏も言っていたが、対戦相手の豪栄道も大関のプライドを見せた。
琴奨菊が前へ前へと来るところを変化して対応すれば、勝てる可能性はある。
豪栄道は本調子でないだけに、やってくることも十分考えられた。
しかし、そこは大関。
負けはしたが正々堂々の取り口だったからこそ、お客さんも満足したに違いない。
どうして強くなったのか
解説の北の富士氏も「琴奨菊はなぜ急に強くなったのか」と不思議がっていた。
場所の前半から、中継では「場所後に挙式」と伝えていた。
健康状態やトレーニングの成果もあっただろうが、ここは「愛の力」とまとめておこう。
13日目に黒星を付けられた豊ノ島の存在、そしてあの日一呼吸置けたという意味では「友の力」もあったと付け加えておこう。
優勝を決めた後、豊ノ島と出会うシーンは友情がにじみ出ていた。
深読みは禁物
千秋楽前、優勝しても「日本生まれ力士」を声高に言ったり必要以上にリアクションしないでほしい、という意見をどこかで見た。
必要以上に、という点は賛同したい。
一方で、必要以上の心配は余計な波を起こす力にもなる。
例えば、フランスで痛ましいテロが起きた後、Facebookでプロフィール写真をトリコロールにした動きがあった時のことだ。
参加者は悲劇を悼んだり、平和を願って写真を加工したのだろう。
しかし「テロはフランス以外でも起きているのだから、今回だけそうするのはどう?」という意見が出た。
意見を持つのは自由。
であるならば、その意見も、写真を加工した人の思いも尊重される雰囲気を望みたい。
今回、事実であるのでやはり「日本生まれ力士の優勝は10年ぶり」と報じられている。
なお日本人力士としないのは例えばモンゴル出身の旭天鵬が日本国籍を取ってから優勝した例もあるので、そういう表現にしていると思われる。
「国技だからやっぱり優勝は日本人(生まれが、という意味で)じゃないとね」と思う人はいるだろう。
そこは排他的な考えではなく、発祥の地であるという自負であってほしい。
相撲の懐の深さ
そしてもう一つ。
稀勢の里ら日本生まれの力士が牙城を崩そうとしても、はねのけてきた。
10年という年月はすごい。
そう考えることはできないか。
初場所は横綱以下幕内は42人(休場の大砂嵐含む)いるが、外国勢は15人もいる。
モンゴル、中国、ロシア、ジョージア、ブルガリア、ブラジル、エジプト。
国際色豊かな職場である。
昔は外国勢に対しての風当たりが相当あったかもしれない。
今もあるのかもしれない。
そこを乗り越えて、今の外国出身力士の活躍がある。
日本の文化を知らずして大相撲で結果を残すのは難しいだろう。
だからこそ、日本で努力している彼らを応援したくなる。
実際に応援している方もいっぱいいるだろう。
白鵬らは「やっぱり日本人が優勝したら日本人は喜ぶよな」なんて思う必要は全く必要ないのである。
カギは照ノ富士だった?
なお、琴奨菊の優勝のカギを握っていたのは照ノ富士と見た。
途中休場でなければいい勝負だったのではないか。
初優勝にはきっと、そういう偶然も必要だろう。
気が早い人々はもう綱とりを話題にしている。
横綱は偶然にはなれない。
実際、琴奨菊はすでに過去の好不調の波を不安視されている。
人々に「横綱は必然」と思わせるような、抜群の成績をぜひとも期待したい。