黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

吉村禎章とぶつかってしまった栄村忠広の猛スピードは全力プレーの結果

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 ※写真は2004年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

 

センバツの行進曲が西野カナの「もしも運命の人がいるのなら」に決まったと、運転中にNHKラジオのニュースで聴いた。

 

この時点ではブログの内容を決めていなかったので、これを下地に考えてみることにした。

 

一冊の本のタイトルが浮かんだ。

 

「運命の人」。

 

吉村禎章と栄村忠広の激突事故のことがテーマになった本である。

 

西野カナから栄村忠広へと、意外性もありつつ野球バカ丸出しの展開。「イケる」。悦に入ってしまった。

 

「運命」だった

帰宅後、本棚を探すとその本はあった。あれ? 高山文彦著「運命」。間違えていた。

 

しかしストライクゾーンには入っていると解釈し、かつ、久々に栄村忠広のことが書いてあるこの本を読むことにした。

 

栄村忠広。知識豊富な読者諸氏にはあらためて説明する必要もないが、最低限振り返る。1988年7月6日、札幌・円山球場で、外野への飛球に対し捕球態勢に入った吉村禎章と、そこに突っ込んできた栄村忠広が激突。吉村禎章は選手生命が危ぶまれる重傷を負うが、その後懸命のリハビリを経て、奇跡のカムバックを果たした。栄村忠広は1991年からオリックスでプレーするも、その年で引退した。

 

コアなプロ野球ファンにとって、栄村忠広は「あの栄村」なのだった。「運命」ではこの痛ましい事故の前後を丁寧に追っている。2人を取り巻く人々とのエピソードをちりばめながら。飾り気のない書き方だが、なぜか泣きそうになる。

 

ともすると、栄村忠広が悪いんじゃないか、吉村禎章がかわいそうだ、となりがちだ。反対に、栄村忠広だってつらかったんだぞ、という人もいるだろう。どちらも当てはまる。そして、吉村禎章がつらかった、ということも分かる。

 

本紙編集局長も草野球で外野を守るが、行けると思ったらつい飛び込んでしまう。高校野球プロ野球ではもっと上手にコミュニケーションを取り合うだろうが、選手はむしろ本能的に飛び込んでしまうものなのかもしれない。

 

 そう思わされるほど、栄村忠広が飛び込んでくるスピードはすさまじかった。まさに捕球せんとしていた吉村禎章も栄村忠広もいっぱいいっぱいのプレー」である。

 

そこまでして自分をアピールしたいのかという人もいるだろう。でも、そんなことを一球一球考えられるのは、長嶋さんくらいではなかろうか。

 

 「あの人は今」的な、興味本位で「運命」を手に取る人は多いのかもしれない。告白すれば、黒柴スポーツ新聞編集局長もそうだった。「すごく自分を責めているんじゃないか、傷ついているんじゃないか」。栄村のことがずっと気になっていた。

 

当時、小学校から帰って、たまたま見ていた野球中継で事故は起きた。吉村禎章が将来の4番候補と目されていた、と当時は分かっていなかったが、小学生でも「とんでもないこと」が起きたことは分かった。

 

ゆえに、復帰した吉村禎章のあの二つの打席のことは、とても鮮明に記憶している。そして栄村忠広が移籍すると知った時は、とても悲しかった。

 

最も感動したセカンドゴロ

吉村禎章は1989年9月、一軍合流を果たし代打で登場した。

直前に3塁打を放ってそれをおぜん立てしたのは、あの事故の発端となった打者・中尾孝義(中日から移籍)だった。

 

「よっしむら、よっしむら」

 

ファンの大声援を受けるも、若き日のヤクルト・川崎憲次郎の前にセカンドゴロに倒れた。だが、東京ドームは拍手に包まれた。吉村禎章は見ている人をハラハラさせながらも、力強く一塁を駆け抜けた。プロ野球史上、最も温かく見守られたセカンドゴロだろう。 

優勝を決めたホームラン

1990年9月8日、巨人は優勝に王手を懸けていた。

ヤクルトとの一戦は延長10回裏、吉村禎章が打席に向かい、マウンドにはまた川崎がいた。ワンアウト、ランナーなし。カメラがベンチをとらえても、誰も身を乗り出していない。あっさり2球で追い込まれた吉村禎章

 

3球目が内角に投じられると、勢いよくバットを繰り出した。

 

「ライトへ、ぐーんとのびて、ほーーーーーーむらーーーーーーん」

 

この実況はよく覚えている。偶然なのか、大けがした時と、復帰と、V打のいずれの瞬間もテレビで見ていた。この時の秀輝の心境については、ぜひ「運命」を読んでかみしめてもらいたい。

高知球場にやってきた栄村忠広

引退後、吉村禎章をスタンドから見る機会があった。あの伊良部秀輝独立リーグ高知ファイティングドッグスに入団。先発すると聞き、どうしても見たくなって車に乗り込んだ。

 

試合開始に先立ち、始球式が行われた。その投手の名が放送で告げられた時、スタンドのあちこちがざわついた。

「栄村…」

なぜ栄村忠広なのか。伊良部秀輝と親交があったのか、高知の監督が栄村忠広と同郷(鹿児島)の定岡智秋だったからなのか。

 

始球式はすぐ終わってしまった。

 

ちなみに、本紙編集局長は試合後、ほんの一言ではあるが一ファンとして伊良部と会話を交わすことに成功している。そのことについては、またいつか。

 

 そして、「運命」についてもう一つ重要な情報を記しておく。この本は三編から成っており、最初が吉村禎章吉村禎章の件。もう一つはオートバイ選手の事故。もう一つは「あの池永正明の件」である。これについて語りだしたら大変なので、今回は自重しておこう。とにもかくにも「運命」はプロ野球ファンにはたまらない一冊である。

運命(アクシデント)

運命(アクシデント)

 
不屈の男吉村禎章

不屈の男吉村禎章

 
もしも運命の人がいるのなら

もしも運命の人がいるのなら